「金持ち父さん貧乏父さん」の衝撃

昔の話を少し。

 

私が本業の今の会社に入社したのは2001年でした。入社する前から、しばらく働いて芽が出なければ、他社に転職しようと決意していました。

 

営業職でしたが、大した成績を上げられず、1年ほどたってそろそろ潮時かな、と考えていたところ、たまたま内勤へ異動のお話をいただきました。断る理由もなかったですし、2002年末に内勤に変わりました。

 

その前後だったと思います。

古本屋で「金持ち父さん貧乏父さん」に出会ったのは。

 

発売当時かなり話題になり、ベストセラーに長期間君臨していた同書でしたが、その当時は読む気になれませんでした。センセーショナルなタイトルで煽るだけの、中身の薄い自己啓発本と思い込んで、ミーハー趣味をちょっと小馬鹿にしていました(今思うと恥ずかしい)。

 

それから1,2年たち、ふとしたきっかけで古本屋に並んでいた同書を手に取ったのですが、一瞬で完璧にノックダウンされました。

「不動産投資!!サラリーマンが自由で裕福な生活を手に入れる、こんなローリスクな方法があったのか!!」

 

もちろん、不動産投資専門の本ではありませんし、もっと大きな視点を与えてくれる内容なのですが、初めて聞く「不動産投資」という言葉は、サラリーマンを抜け出す大きな武器になりそうだと、直感的に感じました。

 

実際、多くのサラリーマン不動産投資家が、この本に影響を受けたと言っていますが、この本がなければいまだに日本にサラリーマン不動産投資は定着していなかったと思います。もっと言うと、存在さえしていなかったかも(とくに一棟物投資は)。大げさでなく、そう思います。

 

2000年代初期

その後、ケーブルテレビで、初期のシノケンがサラリーマン向け不動産投資のインフォマーシャルを流し始めたり、何冊かの表面的な不動産投資本が出版され、SMBCの積極姿勢などがうわさになり、「光速」などの教材も生み出され、さらに、買えない私をあざ笑うかのような「1年で10億」などの煽情的な本も出版されました。

 

当時の私は、今に比べると全く行動力もなく、SMBCやスルガは3年以上年収500万を超えないと融資を受けられないという事実ばかりを鵜呑みにし(それはその通りでしたが)、地銀や信組など開拓しようともせず、ただ年収が上がるのを座して待つばかりでした。

 

実際、何件か不動産会社に問い合わせもしましたが、源泉徴収を送ると「500万以上無いと難しい」という回答ばかり。しかしその後も、買えないながらも不動産に対する燃える思いは消えることがありませんでした。

 

やがて子供が生まれ、自宅を購入すべきタイミングを迎えましたが、「自宅の借り入れを先にすると、融資に悪影響があるかも」という

お決まりの都市伝説にも頭を悩まされました。

ただ、目の前の自分の人生をまずは大事にしよう、と決断し、2008年に自宅戸建てを新築。

 

そしてようやく2009年になり、2006・7・8と3年間連続でサラリーマン年収500万円を超えたのですが、この間にリーマンショックも発生し、すでにSMBCバブルははじけてしまった、祭りの後でした。2004年ぐらいにこの状態であれば、2憶3億の物件を買えていたかも、と思うと、出遅れたことへの後悔も確かにありました。

 

2009年、記念すべき1棟目

2009年夏、もう待てない、いよいよ行動に移そうと決心しました。

 

リーマン後の日本は、不動産価格が将来的に上がるなんてことは全く考えられず、物件価格は底でした。いや、後から振り返ればそうだっただけで、当時、日本の不動産価格が底だなんて、誰も思ってませんでした。基本的に、不動産価格は年を追うごとに下がるものという常識が出来上がっていました。

 

何をどうしたら最初の一棟を買えるのかわからない私は、いくつかある福岡の不動産会社の中から、HP上で「サラリーマンでも融資何とかなりますよ」という匂いを発していたA社にアポを取ります。

 

そこは、新築アパートの企画もやりつつ、中古収益物件の仲介もしている会社です(いまでも存在しています)。

 

真夏でしたので、ポロシャツにショートパンツという「あえて」リラックスした格好で「俺様はこういうの慣れてるんだぜ。大きな男だぜ。ワイルドだろぉ~」と自分を取り繕いつつ、実は超緊張しながら、応接室に通されました。

 

対応してくださったのは、A社のA社長ご本人でした。

 

私は、出せる限りの自己資料を出し、融資を受けてオーナーになる方法がないかを相談しました。まだ具体的に買いたい物件も決まってないのに(笑。新築でも中古でも、買えるなら何でもいいと、すべてをA社長に預ける感じでした。

 

社長は、あれこれ考えを巡らせた後、私の現住所・勤務先所在地なども考慮に入れつつ、当時A社が口利きできそうな金融機関とのマッチングも考えたうえで、ある中古アパートを紹介してくださいました。

 

結構なボロでした。学生時代の自分でも全く住みたくない感じ。

 

しかし、断るという選択肢は全くありませんでした。当時すでに長期間の「脳内不動産投資」を行っていた私は、自分が住みたいかどうかは全く関係がない、という悟りの境地に達していました。

 

「1室空いているので、中を見ますか?」と言われましたが、見たら決意が揺らぐかもしれないので、一切見ませんでした。

最初の1棟目は、一般的には、自分が住みたいかどうかを基準にする方も多いと思います。また、中が見れるならとりあえず見ておこう、というのが普通だと思います。

 

しかし、収益不動産は自分が住むわけではないし、私はDIYをするつもりも全くなかったので、「中を見る=嫌な気持になる=決断が鈍る」というだけですから、ボロくても関係ない、中は見ない、というのは自然なことでした。

 

肝心の融資は、「スルガ銀行」を使うということでした。その時点で、私も知識としてはよく知っている銀行でした。金利は高くても、当時はそれを補えるだけの利回りがありました。

 

A社の顔が利く金融機関のうち、地元金融機関は、勤務先や自宅住所などの関係で私が利用するのは難しそうという判断でした。

 

十分なイールドギャップがとれるなら、最初はスルガやオリックスを利用するというのは、悪い方法ではないと思っていましたし、今でもそう思います(そういう物件があば、ですが)。

 

実際その時私は、「スルガでこの物件を購入し、すぐさま(個信に載る前に)オリックスでも別物件を持ち込んで、二棟同時に購入してやるぜ、グヘヘヘヘ。」ぐらいの気持ちでいました。

あ、ちなみにこの物件購入時は、法人を簡単に設立できるとか、新設法人で融資を受けられるなんて全く知らなかったので、個人で購入しています。

 

私はスルガの申込書にすぐさま記入し、最近、クレジットカードやローンなんかで遅れたことはなかったよな?と若干不安になりながら、あとは社長にすべて任せることにしたのでした。

 

数日後

 

「スルガ銀行は、木造に融資出さなくなったみたいなので、別の物件に変更します」という連絡がありました。はい、2009年というのは、ちょうどあのタイミングだったんですね。

 

この世界に長くいると、SMBCが全く出さなくなったタイミング、スルガが木造に出さなくなったタイミング、スルガの必要年収が700万以上になったタイミング、などなど、それだけで当時の情景が思い出せる部分がありますよね。

 

物件スペック

さて、別の物件、というのは、福岡市内の築18年程度の小ぶりなRCでした。

4階建て8世帯。

地下鉄の駅から10分程度。

利回りが11~12%くらい(築18年の福岡市内のRCが!)

 

金額はたしか4400万円。スルガは、1割+諸費用7%の自己資金が必要でしたから、750万円かき集めたのを覚えています。

 

いよいよ、いよいよ自分も物件オーナーになれるのか。今までの苦労が走馬灯のようによぎりました。

 

ただし、当然ながら「審査」というハードルがあります。スルガの審査は非常に速いですが、逆に言えば、否決されるのもあっという間です。

 

A社には、この物件で話を進めていただくようお願いしました。

長くなりましたので、②に続く。